初入選の思い出

選の辛さを何度か味わい、ようやく辿りついた初入選は、大学院を修了した年の第56回院展でした。
 その年の春、同級生と結婚しました。これからの長い画家生活をどのように歩み続けて行けるのか不安もいっぱいでしたが、新生活に入り心のささえも出来、何か晴れやかな気持にもなっていました。しかし、秋の院展の制作に着手すべき時が迫って来ると、またいつもの悩み癖が頭をもたげ出し、自分の中のモチーフやテーマに確固とした方向性も見出せずに焦っていました。
 新居は、片隅に流しの有る6畳大の板の間と6畳の和室だけ。その二間で、二人がそれぞれ150号の出品画を描きました。私は、新生活への希望をこめた創造空間を花の写生とともに、迷い迷いつつも画面に定着させていきました。妻も自身の制作をしながら、私のそのあたりの気持を察してか、制作中いつもガーベラ等の花々を切らすことなく飾って雰囲気を盛り上げてくれました。
 花々の精が舞い戻る・・・画題は「讃歌」としました。
 入選の吉報は友人の林功君からの電話でした。彼は大学の研究室に残っていたので、情報を早くキャッチして知らせてくれたのです。私は不在で、妻が受けました。すでに在学中に初入選している妻は、複雑な思いで出品後の時間を過ごしていたに違いありません。「勿論、勿論二人とも入選!」の林君の言葉に、あふれるばかりの嬉しい気持とともにホッと胸をなでおろしたことでしょう。後に、交通事故で中国に客死した林君の、その時の言葉が声が、今でもはっきりと耳に残っていると話しています。
 そのころの私の苦難は、落選に加え、大学院1年の春休みに、大家さん宅から出火して下宿が全焼してしまったことでした。ちょうど訪ねて来ていた友人の中川脩君のお陰で、煙の中を屋根伝いに脱出し命拾いをしましたが、それまでの絵やデッサンすべてが灰になりました。その痛手から中々立ち上がれずにいた、そんな中での初入選でしたから、私自身は勿論のこと、周りの人たちや、何より新婚の妻の喜びは一入だったのです。
 その後、初受賞等、大きな喜びも有るのですが、何といっても初入選は、何ものにもかえがたい喜びとして記憶に刻み込まれています。