日本美術院 同人コラム

我が師

から45年前、叔母(菊川多賀)に連れて行かれた南風先生の門の前で、私は緊張で足がふるえていました。小学生の時から母や叔母と共に毎年院展に行き、南風先生の大作を、子供ながらも尊敬と感動の心で拝見していたからです。先生にお目にかかった時、厳しいお作品とは違ったお優しいまなざしに、恐れと緊張がスーと消えてしまいました。この年から堅山南風門下生として院展に出品する事になりました。写真マーク
 研究会に小下図や大きな作品を持って行き南風先生、松尾先生、先輩の先生に指導していただきました。
 南風先生は厳しい中にもやさしく、どうゆう風に描けば作品が良い方向に向かうか、適確に指導して下さいました。先生のお庭は広くさまざまな花や木が植っていました。花菖蒲や肥後椿など写生に時々伺いました。下手な花菖蒲を描いている私に、南風先生は、「ほう描いているね。」と、にこにこしながらご覧になっておられました。肥後椿を写生しながら、一生懸命勉強しなければならないと思いました。先生のひとことひとことが私達の励みになっていました。昭和55年12月30日悲しい別れが来ましたが、南風先生の教えはいつまでも行き続けております。

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